発 達 と 栄 養
脳の特性と口の健康のつながり
ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)などの方は、脳の働きや感覚の特性により、歯の健康を保つことが難しくなりやすい傾向があります。その理由は「不注意」「感覚過敏」「生活習慣」「薬の影響」など、複数の要素が複雑に関係しているためです。
ADHD(注意欠如・多動症)と歯の健康
● 不注意によるセルフケアの困難
ADHDの方は、「やるべきことを後回しにしてしまう」「同じ行動を続けるのが苦手」といった特性から、歯磨きの習慣化が難しい傾向があります。
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歯磨きを忘れる
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磨き残しが多い
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定期的な歯科受診を忘れてしまう
その結果、虫歯・歯周病・口臭が起こりやすくなります。
● 甘いものへの依存
ADHDでは、脳内のドーパミンが少ない傾向があり、「甘いもの」を食べて快感を得ようとすることがあります。そのため、砂糖摂取が増え、虫歯のリスクが上昇します。
● 薬の副作用
ADHD治療薬は、副作用として口の乾燥(唾液分泌の低下)を引き起こすことがあります。唾液は虫歯菌を抑える重要な防御因子なので、乾燥により虫歯リスクがさらに高まります。
ASD(自閉スペクトラム症)と歯の健康
● 感覚過敏・鈍麻
ASDの方では、「歯ブラシの刺激が痛い」「音やにおいが苦手」などの感覚過敏がよく見られます。一方で、「痛みに鈍い」ケースもあり、虫歯が進行しても気づきにくいこともあります。そのため、歯磨き自体を嫌がったり、歯科治療を拒否したりしやすく、結果的に口腔トラブルが重症化しやすいのです。
● 歯ぎしり・食いしばり
ASDでは緊張やストレスを感じやすく、それを解消する手段として歯ぎしりや噛みしめが出ることがあります。
これが長期化すると、
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歯のすり減り
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顎関節症
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頭痛や肩こりを引き起こすことがあります。
● 食のこだわり
「特定の食感や味しか受けつけない」など、食事に強いこだわりを持つ場合、柔かい・甘い食べ物中心になりやすく、噛む刺激が少ない・虫歯リスクが高いという問題も見られます。
脳を支える栄養と注意したい食品の関係
ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)などは、脳の発達や神経伝達の仕組みが生まれつき異なる特性であり、食事によって治るものではありません。しかし、食事内容が脳の働き・感情の安定・集中力に影響を与えることは多くの研究で示されています。「脳の特性」を理解しつつ、食事でサポートすることが非常に大切なのです。
オメガ3脂肪酸(DHA・EPA)
脳の細胞膜の約30%はオメガ3脂肪酸で構成されています。DHA・EPAは神経を柔軟にし、情報伝達をスムーズにします。ADHDやASDでは、血中オメガ3濃度が低い傾向があり、補給により集中力・落ち着き・社会的反応性が改善する報告があります。
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サバ・イワシ・サンマなどの青魚を週2〜3回以上摂る
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えごま油・アマニ油を生で利用(加熱に弱い)
鉄分の不足



鉄は、脳内のドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質を作る材料です。ADHDの方では、血中のフェリチン(貯蔵鉄)が低いケースが多く、不足すると注意力・やる気・記憶力が低下しやすくなります。
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肉類(特に赤身肉)、レバー、魚、大豆製品、緑黄色野菜を意識的に摂る
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医師の指導のもとで鉄サプリメントを検討する
亜鉛の不足
亜鉛はドーパミンやセロトニンなどの合成・分解に関わるミネラルです。不足すると、感情のコントロールや集中力の維持が難しくなることがあります。研究では、ADHDの子どもにおける血中亜鉛濃度の低下が一貫して報告されています。
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牡蠣、ナッツ、卵、赤身肉、魚などをバランスよく摂る
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サプリメントを使う場合は、医師の監修下で使用する
砂糖(精製糖質)
砂糖を多く摂ると血糖値が急上昇し、その後急降下します。この乱高下が脳にとってストレスとなり、集中力低下・情緒不安定・衝動性を招きます。また、ADHDの方は「報酬系」と呼ばれる神経回路がやや鈍く働くため、糖質の強い刺激を求めやすい傾向がありますが、これは一時的な満足感にすぎず、結果的に集中力や気分の安定を損なう悪循環になりがちです。
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甘味飲料・お菓子を控える
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白米・白パンより玄米や全粒粉など緩やかに吸収される糖質を選ぶ
植物油脂・ショートニング(加工油脂)
植物油脂やショートニングには、オメガ6脂肪酸やトランス脂肪酸が多く含まれます。これらは体内で炎症を促進し、神経膜を硬くして情報伝達を妨げる可能性があります。現代の食生活ではオメガ6(炎症性)とオメガ3(抗炎症性)のバランスが理想の「1:1〜4:1」から大きく崩れ、「10:1〜20:1」と過剰になりがちです。この偏りが脳の慢性炎症・感情の不安定・注意力低下に関係していると考えられます。
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加工食品・スナック菓子・揚げ物を控える
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オリーブオイル・魚油・えごま油など「自然で抗炎症的な油」に置き換える

グルテン(小麦タンパク 質)
グルテンは、小麦やライ麦などに含まれるタンパク質で、パンやパスタ、加工食品に広く使われています。一部の人では、このグルテンが腸の粘膜に炎症を起こすことがあります。腸のバリアが弱まると、未消化のグルテンが血中に入り込み、脳や免疫系を刺激して神経炎症を引き起こす可能性が指摘されています。ASDやADHDの一部の人では、グルテン除去食で落ち着きや集中が改善したという報告があります。ただし、すべての人に当てはまるわけではなく、「腸が敏感」「アレルギー体質」「炎症反応が起こりやすい」タイプの方ほど影響を受けやすい傾向があります。
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パン・パスタ・クッキーなどを控え、米やそば・玄米などを主食にする
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医師の指導のもとでグルテンフリー食を試してみる
人工添加物(着色料・保存料など)
人工の着色料や保存料の一部は、神経を刺激し、多動性を強めることが報告されています。代表的な研究に「サウサンプトン研究(2007, 英国)」があり、合成着色料を摂取した子どもに多動・落ち着きのなさの増加が見られました。神経が敏感なADHDやASDの方では、こうした化学物質が行動や感情に影響する可能性があります。
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「無添加」「保存料・着色料不使用」と書かれた食品を選ぶ
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加工品よりも自然な素材を使った食事を心がける
発達の特性は食事で「治す」ものではありません。しかし、脳が最も影響を受ける環境のひとつが「食事」であることは確かです。加工食品中心の生活は、炎症・血糖変動・栄養欠乏などを通して脳の働きを乱す可能性があり、症状を強めてしまうことがあります。逆に、腸と脳を整える栄養(鉄・亜鉛・オメガ3・自然食)を意識的に摂ることで、落ち着きや集中力、気分の安定を支えることができます。支援において、療育や薬物治療に加えて、「脳を育てる食環境」を整えることも大切なサポートの一つです。